Cut La RocことLee Potterは、初めてターンテーブルを買った時の母親の驚いた顔が忘れられないと言う。
「レコードプレーヤーを買うのに200ポンドも払ったの?!って言われたよ。しかも、まさかそれを2台も買うなんて知らなかっただろうしね」
でも、そんな母親の心配は取り越し苦労となった。La Rocは十分に元を取ったのだ。
Brightonの学校に通い、地元のb-boy達と共にbreak danceやスクラッチのスキルを磨いていったLee。2台目のターンテーブルを入手してからはひたすらにhip hopの世界へと没頭し、スクラッチや、チープなサンプラーを駆使したエディットのスキルを磨いていき、各地のバトルに参加するようになる。"突然の事だった気もするけど、自然な流れだったのかもしれない。1987年頃だったと思うけど、acid houseのムーブメントに巻き込まれていったんだ。"と語るように、Cut La Rocの作品からはacid houseの要素が感じられ、Skintからリリースされたファーストアルバム"La Roc Rocs"においてはdeft rapやjump-up jungle、technoにいたるまで、彼が影響を受けたあらゆるジャンルのテイストが盛り込まれている。
オーストラリア、アメリカ、東アジア、そしてヨーロッパ各地と、DJとして世界中を駆け巡ってきたLeeだが、その拠点は一貫してイギリスにある。"Mad Skills"シリーズの2枚のEPにより、Fatboy SlimやMidfield General、Bentley Rhythm Aceといったアーティスト達と並び、Skintの名門レーベルとしての地位の確立に貢献してきたLeeにとってはイギリスが永遠の拠点なのだ。
2000年にはMinistry Of SoundのFSUKより8台のターンテーブルを使用したという世界初のミックスアルバムをリリースする。聴衆を熱狂させるスクラッチスキルと、個性的で卓越した技術により、hip hopの新旧の名盤を繋ぎ合わせ、houseテイストを盛り込むCut La Rocのプレイは神がかり的とも言える。
Wildchildのメガヒット作"Renegad Master"に参加し、その名が次第に知られるようになっていったCut La RocはSkintから2000年7月に大ヒットアルバム"La Roc Rocs"をリリースこととなる。
スターとなった現在も変わることなく、エンターテイナー、そしてレコードコレクターとして注目を浴びるCut La Rocの最新情報は下記のアドレスからチェック!
www.rocstar.com
www.myspace.com/cutlaroc