Bloc 2009

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Egyptian Lover Live @ Bloc Weekend 2009

Egyptian Lover Live @ Bloc Weekend 2009

オールドスクール/エレクトロな頃の最も独創的なプロデューサーの一人、Egyptian LoverのGreg Broussardが80年代中期に渡って発表した一連のシングルは、その後長いことダンスシーンに影響を投げかけている。彼自身が影響を受けたのはというと、Afrika Bambaataaの"Planet Rock" やMan Parrishの"Hip-Hop Be Bop (Don't Stop)"といったKraftwerk+ヒップホップな音楽やPrince、Zappといったメインストリーム寄りブラック・ラヴァー・ソウルで、BroussardがLAでレコーディングを始めたのは1983年のことだった。一年後にはFreak Beatからのリリース"Egypt, Egypt,"というブレイクダンスのアンセムとなったシングルで一躍シーンの表面に躍り出た。デトロイト (Cybotron) からニューヨーク(Mantronix)、アメリカ中で生み出された優れた他のチューンと同様に"Egypt, Egypt" とその第二弾シングル"What Is a DJ If He Can't Scratch"、"And My Beat Goes Boom"、"Computer Love (Sweet Dreams)"といったお皿たちは、80-90年代のDJの必需盤だった。Broussardの80年代中盤のアルバムは1984年のOn the Nile (実質的にベスト盤となっている), 1986年のOne Track Mindそして1988のFilthyが主なもので、最初の2枚は彼自身のEgyptian Empireレーベルからのものだ。その後何年か音楽休止期間を取って、1994年の'' Back From the Tomb''そして翌年のPyramixでカムバックを果たしている。

www.myspace.com/therealegyptianlover
Appleblim Live @ Bloc Weekend 2009

Appleblim Live @ Bloc Weekend 2009

ブリストルのLaurie 'Appleblim' Osborne、業界は結構長い歴。The Monsoon Bassoonのメンバーでもあり、90年代後期にはNMEの「シングル・オブ・ザ・ウィーク」に2度ほどピックアップされている。一人メンバーが抜けた後、バンドは解散してしまいOsborneはまた一からやりなおすこととなった。

レコード屋で働きながらインスピレーションをなんとか得ようといつも必死で、Osborneはやがて黎明期のダブステップにハマりこみ、Shackletonといっしょにこのジャンルの片隅に籍を置くようなちょっと変わった作品を作るようになっていった。壊れやすくてメタリック、そうして彼らはSkull Discoレーベル仲間とその別世界ぽいスタイルへの調子はずれな健闘を一緒に評価されることになる。その後彼は自分でApplepipsを立ち上げ、Ramadanman, Martyn, T++ そしてPeverelistといったアーティストを抱えることになり、これによってダブステップ、テクノ、ハウスへの自分の探求を掘り下げていこうとしていくところだ。

www.myspace.com/appleblim
Drums Of Death Live @ Bloc Weekend 2009

Drums Of Death Live @ Bloc Weekend 2009

Drums of Deathが生まれたのは、ハイチでのある悲しみの夜に暗黒の祭司と出会ったことがきっかけだった。ミュージシャンColin Baileyが陰鬱で、よれよれの服装、めちゃくちゃなご面相という、現在知られているとおりのキャラクターとなったのは、この運命的ともいえる出会いの後のことだった。
ブードゥーの呪術にかけられて、横たわったままのBaileyの心臓は切り取られ、あわや死に至るその瞬間に、祭司が壊れたドラムマシーンを彼の胸に埋め込んだのだった。このブードゥーマシーンはその人工的な鼓動を心臓があったところから血管を通って彼をこの大地につなぎとめる助けつつも、彼の暗黒な欲望と恐るべき衝動を煽りたてているのだ。

今ではGreco Roman(レーベル)の所有物と成り果てたDrums of Deathの音楽はその衝動を発散する手段といえる。グライムとテクノに卑しくてヌラヌラしたロックンロールの原初の欲情をいっしょにしたシンセティックな律動への熱情に、そのような不埒な影響の熱いミックスと暗黒クラブになにか獰猛なものを放出してやろうという欲望がエレクトロニックなライヴに注ぎこまれたらもう、そこにいるのは究極にレイヴを煽りたてる戦慄のアーティストだ。

これは一人のガキがメタルバンドをやりながらスコットランドの小さな町で少年時代を過ごし、ちょっと大きくなってグラスゴーでテクノやレイヴの世界を発見し、その後のロンドンで低周波文化に引きずり込まれたらどうなるのかという、いい見本ともいえる。

この声は深遠な低音の圧力よりも、Drums of Death体験にとっては不可欠な要素を持つものだ。
リズムと歌詞を同じくらいの好みでブチこんで、ひねくりまわしてFXまみれにしてカットアップして、粉砕された叫びはアブストラクトな源泉からの影響を根こそぎにしては、奇妙な想像を駆使しては分別と旋律をこねくり曲げて飽和点までもっていく。

従来のレコーディング方法に背を向けてDrums of Deathは、ライヴのあの激烈なエネルギーをなんとかレコーディングに盛り込もうと、ナマなアプローチを模索している。

低周波、血そしてビート、これは呪われたジェネレーションに送る狂気のブードゥー極道からのメッセージ。新しい皿がGreco Romanよりもうすぐリリースされる。心して待て。

www.drumsofdeath.com
Pinch Live @ Bloc Weekend 2009

Pinch Live @ Bloc Weekend 2009

DJ PINCHことRob Ellisはブリストルの低音ゴッドファーザーだ。この男、M32(そのエリアの主要高速道路)の道路工事よりももっと低周波のうねりをブリストルに持ち込んだ張本人。ブリストルシーンの猛烈ハードワーカーの一人、それがPinchだ:国際的DJ、プロデューサー、プロモーター、そして自分のレーベルTectonicの社長という仕事を掛け持ちして、いったい寝るヒマがあるんだろうかってな忙しさだ。
今ではすっかりシーンの父親的な存在だが、Pinchはまだ細々としてストイック、ヘヴィベースの南ロンドンのダブステップが今みたいじゃなかった頃すでにブリストルに持ち込んだ最初の男だった。

ここでちょっと説明しておくと、ダブステップというのはロンドン発祥のガレージから変異した、さらにダークでムーディで、もっと低音主体なスタイルのものだ。もう今じゃダブステップが巻き起こした音楽的一大事なんてグライム(ダブステップに対してMC主体、Dizzee Rascalなどによって知られるようになった)経由のHadouken! みたいなインディやニュー・レイヴアーティストたちやテクノ、エレクトロニカ、ドラムン?#12505;ースといった広範囲のジャンルとアイディアを交換しあってるみたいな気がする。

そしてダブステップは好きだけどPinchのことは聞いたことなかったっていう人たちへ、PinchのDJのとき、いつもそのユニークなフロアを揺るがすサウンドを押し出そうとして、メインストリーム系とは一味違った何かを感じさせてくれる。そのビートはダブステップが受けている影響よりもっとスキッピーでオーガニック、もっと2ステップにけっこう近くて、彼の革新的なレコーディング作品はソウルフルでファンキーなを出すためにヴォーカルをよく使っている。

www.myspace.com/tectonicrecordings
Ulrich Schnauss Live @ Bloc Weekend 2009

Ulrich Schnauss Live @ Bloc Weekend 2009

ベルリン出身のちょっとミステリアスなプロデューサーUlrich Schnauss、' Far Away Trains Passing By'で2001年に実名デビュー。リリース元はCity Centre Offices、このアルバムはどこからともなく現れて何人かの批評家たちの「今年のベスト」リストをひっかきまわしてしまい、どこかCocteau TwinsなきらめきとBlack Dogを彷彿とさせるビートのチャーミングな面白さが多くを魅了した。
2003年の' A Strangely Isolated Place'はUKテクノというよりシューゲイジ系といったほうが近い作品、2007年の'Goodbye'がそれに続いた。Schnaussはまた、Hexaquart (ミニマルテックハウス) やEthereal 77 (ドラムン'ベース)など、他にも様々なプロジェクトにも関わっていて、たくさんのアーティストたちのエンジニアワークにも忙しい。

www.myspace.com/ulrichschnauss
Dynamix II Live @ Bloc Weekend 2009

Dynamix II Live @ Bloc Weekend 2009

David NollerとScott Weiserの2人組。DavidがクラブDJを始めたのが80年代、ヴォコーダーを使ったりエミュレーターでサンプルをかぶせたりしていた。1985年に高校を卒業した後DavidはフロリダのオーランドにあるFull Sail Schoolに入学、レコーディング技術を学び学位を習得。1986年、マイアミのBass Station Recordsと契約、Dynamix IIを結成、この年は彼の"Just Give the Dj a Break"(今日に至るまで合衆国内で60万枚のセールスとなっている)がリリースされた年でもある。この後まもなく彼はScottと出会う。Scottは6歳のころからピアノを習い80年代初期にはシンセをやっていた。彼らはスタジオを作ることにして、それぞれのドラムマシーンやサンプラーやアナログ機材を持ち込んだ。以来、エレクトロダンスアルバムを発表し続けてかれこれ10年になる2人、同時にカルトクラシックスや新譜リミックスを取り混ぜてダンスフロアを満杯にしている。

自分たちのアンダーグラウンドルーツに忠誠を守る彼らは、自分たちのサクセスについてこう語る。
「全ては僕らのファンの口コミにかかってるんだ。僕らの作品はいいものだから売れる、ハイパーなプロモーションなんかのせいじゃない。」19年経った現在、エレクトロシーンの復活によってこのデュオは大きなリバイバルにさしかかっている。彼らの過去のクラシックヒットチューンはEON,The Cotton ClubやThe Chemical Brothersなど多くのバンドにサンプルされている。「妙な感じだよ。」と、Dynamix IIは言う。「今僕らがDJやってるクラブでパーティに来てるキッズは、"Just Give the Dj a Break"がリリースされた86年頃には生まれてもいなかったんだよ、僕らのことを聞いたこともなくて、新人デュオかなんかだと思ってる。」(笑)

www.dynamixii.com
www.blocweekend.com
Alexander Robotnick Live @ Bloc Weekend 2009

Alexander Robotnick Live @ Bloc Weekend 2009

時として、世界が類いまれなき才能に気づくのに時間のかかることもある。
Maurizio DamiことAlexander Robotnikの場合、80年代の初めにイタロエレクトロディスコの決定盤ヒット"Problemes D'Amour"を書いたが、ブームはやがて下火となり、彼の志向もイタロディスコからアンビエント、そして映画のサウンドトラックものへと移行していった。

その後エレクトロやディスコニュージェネレイションのアーティストたちが、過去の偉大な才人やその作品を再発見するに至って、Alexander Robotnikの再評価が高まったことは彼に大きく刺激を与え、再びダンスミュージックシーンに戻ってきた。
以来、アーティストものアルバムを2枚、数多くの12"やリミックス、と精力的にプロデュース仕事が続いている。同時に、ダイナミックなライヴセット、DJプレイで世界を駆け巡っているのである。

www.robotnick.it
4Hero (Marc Mac) Live @ Bloc Weekend 2009

4Hero (Marc Mac) Live @ Bloc Weekend 2009

Marc Macはむしろ4heroの片割れといったほうがわかりやすいだろうか。ドラムン'ベースのあの伝説的レーベルReinforced Recordsを設立した2人の巨匠、UKのエレクトロニックシーンを塗り替えてしまった。彼の制作クレジットにはJill Scott, Vikter Duplaix, Ultra Nate, Terry Callier, Ursula RuckerやShaun Escofferyなど名を上げれば枚挙の暇がないほか、Masters at WorkからJohn Coltraneという幅広いアーティストたちへのリミックスを提供している。90年代初期にはManixという名でプロデュースを行っていたこともある。

www.4hero.co.uk
Heartbreak Live @ Bloc Weekend 2009

Heartbreak Live @ Bloc Weekend 2009

Pet Shop BoysもしくはSoft Cellといった伝統的デュオ系ともいえるHeartbreakはアルゼンチン人シンガーのSebastian Muravchixとイギリス/フランスのハーフ、キーボードのAli Renaultだ。エレクトロのモダンさと80年代初期のイタロディスコのメロディックドラマな要素を盛り込んで、Black Sabbathみたいな暗黒のメタルなエネルギーをひとたらし、このロンドンの2人組のパワフルなシンセポップをViceマガジンが「もし90年代ってやつが間に割り込んでなかったら、80年代のサウンドは現在こうなってたっていう音」と評している。また他のメディアは、うまいことにこう呼んだ、
「メタロ」、(とほほ)

Aphex Twin, VitalicやKlaxonsが早いうちからこぞって賞賛していたHeartbreakのサウンドは自分たちの若い頃のアンダーグラウンドテクノやディスコにルーツを持つ。それでも"We're Back", "Robot's Got The Feeling"や "Akin To Dancing"など一度聴いたら彼らの時代を超えたスタイルを気に入ってくれるだろう・・・ ライヴに行ってごらん、Sebastianのオーラを感じてみてごらん、きっと何かがわかるはず。

どんなとこでプレイしようとHeartbreakはしっかりキメる。薄汚れたエレクトロナイト、ゴーカなディスコクラブ、アートなパーティ、パブのロックバンドの合間であろうが、フェスティヴァルだろうがHeartbreakはいつだって人を歓喜の涙で踊らせてしまうんだから。

www.myspace.com/heartbreak1
Rusko Live @ Bloc Weekend 2009

Rusko Live @ Bloc Weekend 2009

Christopher MercerことRuskoがリーズの音楽一家に生まれたのは1985年のことだった。生まれたその時からすでに音楽が彼を取りまいていて、それは家族のピアノだったり、ギターだったり、バンジョーだったり、サックスだったり・・・もっと大きくなるとそれはリーズのヘヴィレゲエやダブサウンドシステムとなっていったように、Ruskoの生活に音楽はいつだってなくてはならないものだった。

リーズ大学で音楽演奏の学位を取って卒業した後、RuskoはSUB DUBそして"Digital Mystikz"でのデビューを通じてダブステップの世界を発見、同じくリーズの生んだIration Steppasといっしょにここ10年間はフューチャーダブの作品作りに精を出していたが、Sub Soldiers レーベル仲間のCaspaとロンドンでの音楽的運試しにやってきた。

ダークで頑ななサウンドから方向転換してRuskoはダブステップマッシヴに疾走感とスマイルを持ち込み、見る見るうちに彼独自のジャンルのスタイルを打ち出し、シーンをひっくりかえしてしまった。そのサウンドが冒険的なフォーミュラとエネルギーを増すにつれて、ダブステップ外の世界の耳を捉えてきている。彼の大ヒットとなった"Cockney Thug"はPete Tong, Switch, DiploやSantogoldなどみんなのプレイリストの一枚となっているほか、Buraka Som sistema, Diplo, Drop the Limeや the Scratch Pervertsがリミックスを手がけている。

彼のサウンドはジャングル、ハウス、ヒップホップまたはエレクトロ・・・と多様なBPMを使って変容を遂げているが、なにに転ぼうが、どんなBPMだろうがテンポだろうが、聴けばすぐにRuskoだってわかるのがすごい。

www.myspace.com/ruskonfire